転職の軸の作り方 — 「やりたいこと」が無くても軸は作れる
「やりたいことが、特にないんです」。33歳、総合商社で働く方が、面談の冒頭でそう言いました。優秀な方でした。語学も、海外駐在の経験も、社内の評価もある。それでも、自分の強みを一言で言ってくださいと尋ねると、言葉が止まります。「広く浅く、なんでもやってきたので、これといった軸がなくて」。
この種の相談を、私は10年以上で何百件と受けてきました。そして毎回、同じ前提から外してもらいます。軸とは「やりたいこと」ではありません。やりたいことが無くても、軸は作れます。
軸を「希望」だと思うから書けない
多くの人は、転職の軸を「将来こうなりたい」という希望や夢だと考えます。だから希望が無いと軸も作れないと思い込み、ペンが止まります。
軸の正体は希望ではなく、判断基準です。複数の選択肢が並んだとき、どちらを選ぶかを決める物差しのことです。「やりたいこと」が無くても、「これは嫌だ」「これは続けられない」という感覚は誰にでもあります。その感覚を言語化したものが、転職の軸になります。
希望から軸を作ろうとすると、嘘が混じります。本心では年収を落としたくないのに「成長環境が第一です」と書いてしまう。面接でその嘘は見抜かれます。判断基準から作れば、嘘は混じりません。自分が実際に何で選んできたかは、過去が証明しているからです。
過去の意思決定から棚卸す、3つの問い
軸は未来からではなく、過去から掘り出します。これまでのキャリアの分岐点で、あなたが実際にどう判断したか。そこに、本人も気づいていない物差しが埋まっています。次の3つの問いを、紙に書き出してください。
問い1:選ばなかった選択肢は何だったか
これまでの転職や異動、部署選びで、選ばなかった道を思い出します。内定を断った会社、手を挙げなかったポジション、誘われたが乗らなかった案件。
なぜ選ばなかったのか、理由を一つずつ書きます。「給料は良かったが、扱う商材に興味が持てなかった」「裁量は大きそうだったが、転勤が読めなかった」。捨てた理由のなかに、あなたが何を重く見ているかが出ます。選んだ理由より、捨てた理由のほうが本音が出やすい。
問い2:時間を忘れて没頭したのはどんな業務か
成果が出た仕事ではなく、やっていて苦にならなかった仕事を思い出します。資料を作り込んでいたら定時を過ぎていた。後輩の相談に乗るのが、自分の数字より気になった。複雑な交渉を整理するのが面白かった。
没頭できる業務には、共通する性質があります。対人なのか、分析なのか、構築なのか。ここから、職種ではなく「機能としての強み」が見えてきます。
問い3:許せなかった環境は何だったか
過去に強いストレスを感じた瞬間を、3つ挙げます。理不尽な評価、意思決定の遅さ、説明のない命令、成長の止まった停滞。
許せなかったものは、裏返すと譲れない条件です。決裁の遅さに耐えられなかった人は、意思決定のスピードが軸になります。これは「避けたいリスト」であると同時に、最も強い軸の素材です。
3つの問いに答えると、紙の上に十数個の断片が並びます。この時点では、まだ軸ではありません。バラバラの素材です。次の段で、これを使える形に仕分けます。
ひとつ補足します。問いに答えるとき、きれいな言葉でまとめようとしないでください。「成長したい」「貢献したい」といった抽象語が出たら、その下に一段掘ります。何をしているときに成長を感じたのか、誰に何を貢献したかったのか。抽象語は、本音を隠す蓋になりがちです。蓋を外すまで掘ると、固有の物差しが出てきます。
譲れない条件と、捨てる条件を仕分ける
3つの問いで素材が出たら、次は仕分けです。出てきた要素を、3つの箱に分けます。
- 譲れない条件:これが満たされないなら転職する意味がない、という条件。3〜4個まで
- あれば嬉しい条件:満たされれば加点だが、無くても受けられる
- 捨てる条件:今回は諦める、と決めるもの
ここで重要なのは、3つ目の「捨てる条件」を欠かさず作ることです。譲れない条件だけを並べると、年収も、やりがいも、働き方も、成長も全部欲しいという欲張りリストになります。そんな求人は存在しません。
捨てると決めることが、軸を機能させます。たとえば「今回は年収の上振れは捨てる。その代わり裁量と意思決定スピードは譲らない」。こう決めた人は、求人を見たときに迷いません。判断が速くなります。仕分けの粒度に迷うなら、まず何を基準に転職を決めるかで全体の判断軸を整えてから戻ってくると、捨てる条件が決めやすくなります。
譲れない条件が4個を超えたら、優先順位をつけます。4個すべてを満たす求人は、ほぼ存在しないからです。1位から順に並べ、もし1位と2位が両立しない求人が来たらどちらを取るか、頭の中で一度シミュレーションしておく。この優先順位こそが、複数の内定で迷ったときに効いてきます。
仕分けで多くの人が間違えるのは、世間の正解を軸にしてしまうことです。「やっぱり大手のほうが」「リモートできたほうが」。それが本心ならいい。けれど、過去の意思決定でそこを重く見ていなかったなら、それは他人の軸です。3つの問いで出た自分の素材だけを使う。借り物を混ぜると、面接でほころびます。
軸は、書類と面接の一貫性に効く
軸を作る本当の目的は、自己分析を終わらせることではありません。書類と面接で、一本の筋を通すためです。
軸が定まっていると、職務経歴書の自己PRと志望動機がずれません。たとえば「意思決定のスピード」を軸に置いた人は、過去の実績も、その会社を選ぶ理由も、同じ物差しで語れます。読み手は、この人は何を大事にする人かが一読で分かる。自己PRの作り込みについてはテンプレ化しない自己PRの組み立て方で型を渡しています。
面接でも同じです。「なぜ弊社なのか」と問われたとき、軸がある人は「私は意思決定の速い環境を譲れない条件にしている。御社は◯◯という点でそれが担保されている」と答えられます。軸が無い人は、会社の良いところを並べるだけになり、どこの面接でも使える答えになってしまう。
軸はさらに、退職理由とも筋を通します。「なぜ今の会社を辞めるのか」は、軸を裏返した答えで語れます。意思決定のスピードを軸にした人なら、退職理由も「現職では決裁に時間がかかり、自分の意思決定の経験が積めない」と説明できる。退職理由・志望動機・自己PRの3つが同じ軸から出ていると、面接官には一人の筋の通った人物として映ります。この3点がバラバラだと、取り繕った印象を与えます。
転職活動全体のなかで軸がどの段階に効くかは、転職活動の進め方の全体像で位置づけを確認できます。軸は、最初に作って終わりではなく、書類と面接を貫く背骨です。
この方法が合わない人
この棚卸しが向かないケースもあります。新卒や第二新卒で、判断の材料になる過去の意思決定がまだ少ない方です。捨てた選択肢も、没頭した業務も、データが足りません。
その場合は、過去からの逆算ではなく、まず受けてみて反応を見る方が早い。応募と面接を通じて、何に惹かれ何に違和感を持つかを蓄積してから軸を言語化する。順番が逆になります。20代の動き方は別の前提で考えたほうがいいでしょう。
逆に、30代以降でキャリアの分岐点を何度か経験している方は、この3つの問いだけで軸の8割が出ます。素材は、もうあなたの過去に揃っています。
軸が固まったら、次は具体的な動き方です。自分の状況に合う進め方を相談したい場合は、弁慶に質問するから個別の状況を送ってください。サービスの使い分けで迷うならエージェントの使い分けも参考になります。
自分の状況だとどう動くべきか迷うなら、匿名で質問するのが早いです。